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水戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決

原告

古市滝之助

右訴訟代理人

春日寛

井花久守

被告

関東信越国税局収税官吏

佐藤一男

右指定代理人

松本克己

外五名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告の請求の趣旨

1  水戸税務署収税官吏根本博雄及び同増田茂雄が、昭和五六年九月二九日(以下、同日の処分を「一次処分」という。)及び同年一一月二七日(以下、同日の処分を「二次処分」という。但し、二次処分は、根本収税官吏のみ。)に、茨城県水戸市若宮字五丁矢場一〇六六番地において、原告に対してなしたところの、別紙物件目録(一)及び(二)記載の物件(以下「本件差押物件」という。)に対する差押処分(以下、一次処分、二次処分を合わせて「本件差押処分」ともいう。)は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

主文同旨。

第二  被告の本案前の答弁の理由

一  本件一次処分及び二次処分に引きつづき、関東信越国税局長は、国税犯則取締法(以下「国犯法」という。)一四条一項の規定に基づきそれぞれ通告処分をなしたところ、原告は、右一次処分に係る右通告処分に対応して昭和五七年三月二九日及び同年四月三〇日の二回にわたつてその履行をなし、また右二次処分に係る通告処分に対応して同年七月二〇日その履行をなした。

しかして、右のように、本件差押処分に基づく通告処分を任意に履行したことにより、原告は、もはや本件差押処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないことは、以下に述べるところによつて明らかである。

二  国犯法における通告処分制度の性格

1  国犯法は、間接国税とそれ以外の国税に関する犯則事件とでは告発についてこれを別異に取扱つている。

すなわち、間接国税以外の国税に関する犯則事件については、収税官吏が調査によつて犯則があると思料するときには告発の手続をとらなければならないとされ(一二条ノ二)、これに対し、間接国税に関する犯則事件にあつては、収税官吏が犯則事件の調査を終えたときは、犯則嫌疑者の居所が分らないとき等の事情がある場合以外は、直ちに告発することなく、その結果を所轄国税局長又は所轄税務署長に報告し(一三条一項)、右報告を受けた国税局長又は税務署長が調査の結果犯則の心証を得たときは、通告処分を行うのを原則とする(一四条一項)。

2  ところで、犯則者が通告を受けた場合、その通告を受けた日より二〇日以内に当該通告の内容を履行しないときは、国税局長又は税務署長は告発の手続をなすべきこととされている(一七条一項)。そして、右通告については、通告の理由、罰金又は科料に相当する金額、没収品に該当する物品、徴収金に相当する金額、書類送達並びに差押物件の運搬・保管に要した費用、納付場所等を内容としている(一四条一項)ほか、実務上、通告書には右一七条所定の告発につき、通告書の送達を受けた日から二〇日以内に通告の旨を履行しないときは検察官に告発する旨の記載がなされている。

右通告処分を受けた犯則者は、通告処分の内容を履行するかどうかその自由意思によつて決することができ、いかなる場合にも通告に定める納付を強制されることはないのであり、任意に履行したときは公訴は提起されず(一六条一項)、履行しないときは、国税局長又は税務署長及び検察官の公訴の提起をまつて刑事手続に移行し、通告の対象となつた犯則事実の有無について刑事手続において審理し確定することとなるのである。

3  このような通告処分制度の立法趣旨について、最高裁昭和二八年一一月二五日大法廷決定(刑集七巻一一号二二八八頁)は、「国犯法一四条の通告……が認められた所以のものは、間接国税の犯則のごとき財政犯の犯則者に対しては、先ず財産的負担を通告し、これを任意に履行したならば敢えて刑罰をもつてこれに臨まないこととするのが間接国税の納税義務を履行させ、その徴収を確保するという財務行政上の目的を達成する上から見て、適当であるという理由に基づいている」と判示し、また、最高裁昭和四七年一〇月二四日第三小法廷判決(刑集二六巻八号四五五頁)は、「この制度は、いわば犯則者と国家の私和を認めたものというべきであり、国家の徴税の便宜を考慮した制度ではあるが、同法(国犯法)一六条一項によれば、犯則者が通告の旨を履行したときは、同一事件につき、起訴されることのないことを規定しているところからすれば、単に徴税の便宜のみによるものではなく、犯則者に対し、同人がこの通告に従うことによつて、公訴権消滅の利益を与えた制度でもあるといわなければならない。」と判示している。

4  以上にみたところからすれば、通告処分が、同じく租税でありながら直接国税に対しては採用されておらず、間接国税にのみ採用されているのは、間接国税の違反は直接国税のそれよりも大量であり、かつ、何人によつても犯されやすく、たまたま発覚した者を直ちに刑罰をもつて臨むことは適当でないと考えられること及び間接国税のような財政犯の犯則者に対しては、まず財産的負担を通告し、任意の履行があればあえて刑罰をもつて臨まないとすることが、間接税の納付義務を履行させ、その徴収を確保するという財務行政上の目的達成の上からも合理的であると考えられたからである。

三  通告処分の履行とその効果

1  通告の旨の履行とは、犯則者がその自由意思により、通告書において通告の趣旨として記載された罰金相当額等を納付すること(没収品に該当する物品については、納付の申出をすること)であり、これにより事案の終結を選択したということである。

2  国犯法一四条一項ただし書の規定により、没収該当物品について納付の申出をなすべき旨を通告された場合において、当該物品について納付の申出があつたときは、当該物品を納付したと同一の効果を生じ、この納付の申出により、当該物品の所有権は、国庫に帰属することとなる。すなわち、右により納付を受けた国税局長又は税務署長は、契約担当官に当該没収該当物品の処理を命じ、同担当官が会計法の規定により売却の方法を決定し、「売却」されることとなるのである。そして、その代金は、「不用物品売払代金」として歳入徴収官が受入れ、国庫の歳入として処理されるのである。また、腐敗等により公売処分に適しない場合には、廃棄処分されることもありうる。

3  本件差押物件のうち没収該当物品は、原告の酒税法五六条一項一号の犯罪行為につき同条二項に基づく没収に該当するものであり、前記のとおり、原告が右没収該当物品を納付する旨の申出をした(通告ノ旨ヲ履行シタル)ことにより右物品の所有権は国庫に帰属したものである。したがつて、先に述べた「売却」は単に没収該当物品の会計法上の処分としての換価方法であるにすぎず、徴税目的には関しないものであつて、国税徴収法九四条以下に規定する「公売」とは、全くその趣旨及び制度を異にする。

また、本件差押処分は国犯法二条に基づくものであり、これが国税徴収法に規定する滞納処分としての滞納者の財産に対する差押と異なることはいうまでもない。

なお、本件差押物件のうち、右没収該当物品以外の物件は、通告処分に応じた原告の履行により、本件差押処分に係る犯則事件が終結したことに伴い、本件一次処分に係る物件については昭和五七年六月八日、また、二次処分に係る物件については没収該当物品につき納付の申出がなされた日と同日である同年七月二〇日、原告に対し、それぞれ還付手続が了されている。

四  以上のとおり、通告処分における通告の旨の履行が犯則者の自由意思による選択に基づきなされた行為であり、原告は、既になされた本件差押処分の存在を前提として、犯則行為に係る没収該当物品の納付を申出たものであつてみれば、原告が本件通告の旨を履行しないで本件差押処分の無効を主張するのであれば格別、これを任意に履行し事案の終結を選んだ後の現段階においては、もはや本件差押処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないものというべきである。

また、本件没収該当物品の公売の制度及び性質からすれば、原告が本件差押につき無効確認の訴えの利益を主張する前提としての、間接税徴収の最終目的を達成すべき公売処分が後続処分として必要である旨の主張が失当であることは明らかである。

第三  本案前の答弁の理由に対する原告の認否及び主張

一  認否

被告の主張のうち、原告が、被告主張の日時に、被告主張の本件各通告処分に対応して履行をなしたこと及び本件差押物件のうち、没収該当物品以外の物件につき、被告主張の年月日に、それぞれ、原告に対し還付手続が了されていることは認めるが、その余は争う。

二  主張

被告は、原告が本件差押処分に基づく通告処分を履行したことにより、もはや原告は本件差押処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しなくなつたという。しかしながら右は、行訴法三六条所定の無効確認の訴訟要件について法令解釈の誤り若しくは法律適用の誤りを犯すものであること左のとおりである。

無効確認訴訟は「処分が不存在又は無効であるにかかわらず、行政庁がそれに続いて処分をする危険のあるような場合に、これを防止するための一種の予防訴訟的な機能を営むべきものとの観点に立つて、規定をととのえたもの」であるとされ、行訴法三六条前段所定の「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受ける恐れのある者」との要件をみたす者は、それだけで無効確認の訴えを提起する原告適格を有する。

すなわち、処分が無効又は不存在としても、行政庁の側においてこれを適法有効とみている以上、これに基づいてその執行処分、続行処分など公権力の発動される危険性が存するから、これらの処分の発動前においてこの不安な状態を解消し、これら処分により生ずる損害を未然に防止するためには、その基礎となる先行処分の存否あるいはその効力の有無を確定させるのが適当であり、そのために一種の予防訴訟として無効確認の訴えが許容されるのである。

これを本件についてみるに、差押処分に基づく通告処分に対する履行は、納税者が刑罰を避けるために税法が認めた一種の便法であり、行政庁と納税者との間で話合の機会を与えたいわば私和であつて、これにより間接税徴収という最終目的を達成したものではなく、これがためには、更に公売処分を要するのである(滞納処分につき、熊本地裁昭和四一年七月一日判決((行裁集二一巻二号三四三頁))。なお、東京地裁昭和三九年六月二四日判決((行裁集一五巻六号九七六頁))参照。)。

そうすると、本件差押処分に引続く通告処分によつて原告が差押物件を納付したからといつて、これにより本件差押処分の無効が治癒されるわけもなく、かつ、後続処分である公売処分を防止するには、現在の法律関係に関する訴えである租税債務不存在確認の訴えでは、その目的を達成することができないのであるから、原告は本件訴えにつき行訴法三六条所定の原告適格を有するのである。

第四  原告の請求原因

一  水戸税務署収税官吏根本博雄及び同増田茂雄は、請求の趣旨第1項記載の日時、場所において、原告に対し、同記載のとおりの本件差押処分を行なつた。

そして、その後、右差押処分に係る件については、「重要な犯則事件」として、国犯法一一条四項に基づき、被告関東信越国税局収税官吏が、その証憑の引き継ぎを受けた。

二  しかるところ、本件差押処分は、酒税法九条一項違反を理由として、国犯法二条一項によりなされたものであるが、販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければ酒類の販売業をすることができないとする酒税法九条一項の規定は、以下のとおり、憲法二二条一項所定の職業選択の自由の保障に違反する無効なものであるから、本件差押処分もまた当然に無効である。

三  憲法二二条一項による職業選択の自由の保障は、狭義における職業の選択、すなわち職業の開始、継続、廃止における自由のみならず、選択した職業の遂行、すなわち職業活動の内容、態様における自由の保障をも包含する。これは確立した判例の見解である。

しかし、酒税法九条及び一〇条に規定する如き営業の許可制度は、単に職業活動の内容、態様に対する規制にとどまらず、狭義にほかならないから、これを合憲と認めるためには、強い合理的根拠が存在しなければならない。すなわち、営業の許可制が、合憲であるとして是認されるためには、第一に、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に、目的と規制手段との間に、合理的関連性が存在すること、第三に、規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、の三要素が全て充足されなければならないことは、最高裁昭和四七年一一月二二日大法廷判決(刑集二六巻九号五八六頁)及び同裁判所昭和五〇年四月三〇日大法廷判決(民集二九巻四号五七二頁)によつても明らかである。

以下、右の基準に基づいて、酒税法九条一項が違憲であることを明らかにする。

1  規制目的における正当性の欠如

東京国税局下谷税務署長は、別件の東京地裁昭和五五年(ワ)第三四八九号事件において、酒税法による免許制度が、酒税収入の安定確保を図る目的を有しているから、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」に合致する旨主張している(以下、別件における下谷税務署長の主張を「国税当局の主張」として扱う。)。

しかしながら、右の主張は以下のとおり失当である。すなわち、憲法二二条一項の保障する職業選択の自由が、公共の福祉による制約を受けるとしても、右の制約は、社会生活における個人の生命身体財産の安全を保障し、経済活動がもたらす弊害を除去ないし緩和するための警察的諸規制、及び憲法が全体として企図している福祉国家理想のもとに、積極的に社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図して一定の規制措置を講ずる目的のためにのみ許されるのであつて、「租税政策」その他種々の「政策」の名のもとの恣意的、便宜的な制約が許されるものでは決してない。これは、職業選択の自由及びこれに基づく国民の経済活動の自由の保障が表現の自由・精神の自由の保障とともに、わが憲法における基本権保障の二つの中核部分を成していることを考えれば、明白である。

のみならず、職業選択の自由、営業の自由は、日本国憲法、ワイマール憲法一一一条、ボン基本法一二条、世界人権宣言二三条一項に明定されているほか、憲法規定の有無を問わず世界の市民社会を支配する普遍的原理であつて、これは、自由な経済活動が拘束され、租税(日本では冥加金と呼ばれた)徴収の目的のために営業が許可制のもとに置かれてきた封建制への抵抗を通して確立されてきたものである。つまり、租税徴収の確保を目的とした許可制は、わが憲法が基盤とする自由経済と福祉国家の原理とは全く相い容れないのであつて、むしろ近代憲法によつて打破された前近代的、封建的拘束にほかならない。

また、もしも租税収入確保を目的とした制約が許容されるならば、国民の経済活動の自由は根本から覆滅される。

国税当局は、前記別件において、「本免許制度のような許可制を他の間接国税法の分野にまで及ぼすかどうかは、その税法をめぐる社会経済上の諸条件により、租税政策上の問題として決定されるべきもの」と主張している。右の主張は、行政庁のいわば本音を吐露したものというべきであるが、他面、本訴でまさに争われるべき本質的問題を期せずにして浮き彫りにしたものとして考えられるのである。

もし、国税当局が主張するように、酒税収入確保を目的とした営業許可制が憲法上正当なものであるならば、他の間接国税の収入確保を目的とした営業許可制もまた正当視されるのであつて、両者の間に径庭は存在しない。そうであるならば、国民の経済活動の殆んど全ての領域が徴税対象とされている現代社会においては、国民が従事する殆んど全ての職業を国家の許可制のもとにおくことも憲法上許容されることとなる。すなわち、国民の職業選択の自由は、国家の「租税政策」次第でどのようにも左右され、その結果、憲法二二条一項の基本権の保障は全く空文化されてしまう。「酒税収入安定のため」という目的が職業選択の自由に対する規制根拠として憲法上決して許容されないこと、酒税法による免許制度が違憲であることは、これによつて余りにも明白である。

2  規制手段における合理的関連性の不存在

次に、酒税収入の安定を図るという目的自体が、仮りに国民の職業選択の自由を制限する理由として正当なものであると仮定しても、酒税法九条一項、一〇条各号による酒類販売業者の免許制度が憲法に適合するものであるということはできない。

なぜならば、前述したように職業の許可制度が合憲であると是認されるためには、単にその目的自体において正当であるのみでは足りないのであつて、そのために採用される規制手段が目的達成のために合理的必要性のあるものであることを要し、目的との充分な関連性が存在しなければならないのに、酒税法九条一項、一〇条各号による免許制は、その規制の手段、態様において著しく合理性を欠くことが明白であつて、前記目的達成のために必要な合理的手段であるとは、到底認められないからである。

すなわち、まず、酒税法六条によれば、酒税を納付すべき義務者は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であつて、酒類の販売業者ではない。したがつて、仮に酒税徴収確保の目的が職業選択の自由を規制する目的として正当なものであるとしても、酒類製造者又は酒類引取者を免許制度のもとにおくことで足りる。これに反して、酒類販売業者は、酒税納付義務者ではないのであるから、これを右の目的のために免許制のもとにおかねばならない合理性は存在しない。

国税当局は、酒類代金が販売先に停滞することなく、順調に酒類製造者に回収されることが酒税収入の安定に資するものであつて、そのためには健全な酒類販売業者の存在が必要であり、これが酒類販売業者を免許制度のもとに置く理由であると主張している。しかしながら、酒類製造業者も一個の企業人であるから、自己の製造した酒類を販売する相手方の資力、信用については、一般の企業が払うのと同様な注意を当然に払つて取引するわけであり、そのような注意能力はもとより有するわけである。それ以上に、酒類製造業者を政府が後見的に保護しなければ、酒税収入の安定を害するという事情は見当らない。殊に、酒税法一〇条一〇号は、酒類の販売業免許申請者の経営基礎が薄弱であると認められる場合を免許拒否の事由として挙げているが、同法一四条における酒類販売業免許の取消事由中には右の如き場合が掲げられていないから、一たん酒類販売業の免許を得た者は、たとえその後経営の基礎が薄弱となつても免許を取り消されることはない。しかし、もし、国税当局が主張する如く、健全な酒類販売業者の存在が酒税収入の安定のため必要不可欠であるとするならば、経営の基礎が薄弱であることを免許取消の事由としなければならないはずである。したがつて前記のような主張は、まさに語るに落ちたものというべきものであつて、酒税法自体の上からも、その合理性がないことは明らかである。

そもそも、納税義務者の資産上ないし資金上の安定を図るため、これと取引する者の営業をすべて免許制度のもとにおくことが許されるとなつたら、この世の中の営業で、免許制度の対象とならないものは一つとしてないことになる。そのような無暴な理論が、憲法二二条一項のもとにおいて、およそ成立する余地のないことは余りにも明らかである。

更に、酒類販売業者を免許制度のもとにおくことが、著しく不合理であることは、次の点からも明白である。すなわち、酒税法は、酒税徴収を確保するために、まず酒類製造者に対して申告書提出義務(三〇条の二)、各種事項の帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、質問、検査、検定受認義務(四九、五三条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、酒税証紙貼付義務(五一条)を課し、その懈怠に対しては刑事罰をも規定(第九章)することによつて課税対象及び税額の把握に遺憾なきことを期し、更に国税庁長官、国税局長、又は税務署長は酒税保全のため必要があると認められるときには、酒類製造者に対して金額及び期間を指定して酒税につぎ担保の提供を命ずることができ、提供すべき担保がないときには、担保の提供に代えて酒税の担保として酒類の保存をも命ずることができる(三一条一項)旨を規定している。これを受け同法施行令及び国税庁基本通達は、担保提供を命じうる条件、期間、担保物件の種類、物件評価の詳細について定めている。しかも、酒税は、酒類製造業者がその製造場から酒類を移出した月の翌月末日までに納付しなければならないものとされていて(三〇条の四第一項・三〇条の二第一項)、極めて短期の納期限が定められており酒類製造業者の資産、信用等の変化による影響を受けないように配慮されている。

かように、酒税法並びにこれに基づく命令及び国税庁基本通達は納付義務者から酒税徴収を安定して確保する目的のために、二重、三重にわたる万全の方策を講じているのである。したがつて、それに加えて、酒税徴収の確保をはかるという名目のもとに、酒税納付義務者でもない酒類販売業者まで免許制度の規制のもとにおくことは、いわば屋上に更に屋を重ねる無用の措置というべきであつて、目的達成のために必要な合理性を著しく欠くことが明白である。

むしろ、逆な酒類販売業の自由競争を認めれば、その活発な販売競争によつて販売量が増大し、租税徴収額も増加する。これは自由競争世界における経験則である。酒税法が、租税徴収の確保を名目として営業を制限し、免許制を採用することは、右の経験則に逆行するものであつて、この意味においても酒税法による免許制が著しく合理性を欠くものであることは明白である。

3  比較考量

職業選択の自由に対する規制が合憲であると是認されるための第三の要件は、規制によつて得られる利益と、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を比較考量して、なお妥当性が認められることであり、酒税法による酒類販売業者の免許制度が右の利益考量の要件においても著しく妥当性を欠くことは明白である。

すなわち、既に述べたように現行制度は酒類製造者から酒税徴収を確保するための万全の措置を講じているのであるから、更に酒類販売業者をも免許制度のもとに規制したとしても、これによつて国家に付加される利益はきわめて僅少なものにすぎない。これに対して、免許制度のもとで不許可処分を受けた申請者は、希望する酒類販売業の開業自体が完全に抑制され、その職業選択の自由は全面的に剥奪され、その不利益の程度は著しく重大である。

しかも、酒税法は、先に酒類製造者に関して指摘した酒税徴収確保のための諸方策、たとえば各種事項の帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、質問、検査受認義務(五三条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、酒税証紙貼付義務(五一条)を酒類販売業者に対しても課し、その懈怠に対しては刑事罰をも規定(第九章)しているのである。

酒税収入確保という目的ならば、営業活動の態様、内容に対する右のような規制手段によつて右目的は十二分に達成できる。右の態様の規制を超えて、そもそも営業活動の開始すら許さないとする免許制度をとることは、酒類販売業を希望する国民に対して、重大な損害を与えるものであつて、著しく均衡を欠くものである。

四  酒税法が規定している税務署長による酒類販売業の免許制度が、職業選択の自由の保障に違反するものであることは以上に詳述したところにより明白であり、これと同旨の見解は、元内閣法制局第三部長、第一部長、現学習院大学法学部教授の山内一夫氏が、「営業許可制(一)〜六(・)完」(法曹時報三一巻六号、九号、一一号、三二巻三号、三三巻一号、三四巻一号。)において明確に示されているところであり、神戸大学の浦部法穂助教授もまた、酒税法による免許制度に対し、違憲の疑いを投げかけられておられるのである(ジュリスト増刊「憲法の争点(増補)」九五頁。)。

更に、違憲であるかどうかの点にまでの言及はなくとも、酒税法による酒類販売業免許制度について、これを維持すべき合理性がないこと、あるいは更にむしろ弊害があることの指摘は、神戸大学の根岸哲助教授(「ジュリスト」五九二号二八頁。)、明治学院大学の玉国文敏助教授(同誌七五五号一二三頁、一二五頁。)、東京農業大学の桜井宏年教授(「清酒業の歴史と産業組織の研究」四七三頁。)等により数多くなされているところである。

また、酒税制度については、現在最高の権威者と目されている、元国税庁長官、現日本専売公社総裁の泉美之松氏(同氏は、現在、中央酒類審議会の会長でもある。)も、もはや、酒類販売免許制度を酒税法の下において、税務署長による免許という形では維持しえないことを認めておられるのである。

以上のような各界の識者の指摘されるところからも明らかなとおり、現行酒税法の規定する税務署長による酒類販売業の免許制度が、これを維持するに足る何らの合理性を有しないにもかかわらず、これが今日まで維持されてきたのは、既存の酒類販売業者がその既得権益を失うまいとして、画策を続けてきたからにほかならない。そうすると、このような状況下では、酒類販売業者の圧力のため、酒類販売業免許制度の廃止を立法によつて実現することは、あるいは期待しがたいと思われる。したがつて、この問題は、裁判により、右制度を違憲無効とすることにより、解決されるほかないと思料されるのである。

五  よつて、本件差押処分は当然に無効であるから、請求の趣旨記載の判決を求める。

第五  証拠〈省略〉

理由

一原告適格(行訴法三六条)について。

1  水戸税務署収税官吏が国犯法二条により本件差押処分を行なつたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、関東信越国税局長は国犯法一四条二項に基づぎ、本件一次処分につき、昭和五七年三月六日付通告書(乙第一号証の一)で、本件二次処分につき、同年七月一五日付通告書(乙第二号証の一)で、原告に対し、それぞれ通告処分(その内容は、前者が、「罰金に相当する金七〇〇〇円及び書類送達料の納付並びに別紙物件目録(一)記載の物品のうち、没収品に該当する物品(酒類)の納付の申出をしてください。」というものであり、後者が、「罰金に相当する金一万五〇〇〇円及び書類送達料の納付並びに同目録(二)記載の物品のうち、没収品に該当する物品(酒類)の納付の申出をしてください。」というものである。)がなされたこと、原告は、一次処分に係る右通告処分につき、同年三月二九日及び同年四月三〇日の二回にわたり、二次処分に係る通告処分につき同年七月二〇日に、それぞれ各通告処分に従つて罰金に相当する金員等を納付するとともに、没収該当物品につき納付の申出をなした(乙第一、第二号証の各五)こと、本件差押処分に係る物品のうち、没収該当物品として納付の申出があつた物品以外の物品については、一次処分に係るものについては同年六月八日に、二次処分に係るものについては同年七月二〇日に、それぞれ原告に対し還付手続が了されていることが認められる(なお、原告が各通告処分につき履行をしたこと及び本件差押物件のうち、没収該当物品以外の物件につき、それぞれ還付手続が了されていること自体は、その年月日を含め、当事者間に争いがない。)。

2 ところで、国税徴収法による滞納処分としての差押が差押対象物に対する処分権限を国に帰属させ、これを国自らが処分することによつて租税債権の確保を図ることを目的としているのに対し、国犯法による差押は、国税に関する犯則事件につき、その証憑を集取する手段として、その物を保全するために、国(収税官吏)がその占有自体を強制的に取得する処分であつて、これを換価することによつて租税債権を確保するという目的を有するものでないことは、同法の諸規定に照らし明らかである。これを要するに、国税徴収法上の差押は、いわば、民事執行法上の差押とその性格をほぼ同じくするのに対し、国犯法上の差押は、刑事訴訟法上の差押とその性格をほぼ同じくするものということができる。

したがつて、国犯法による本件差押処分は、原告が差押対象物を通告処分に従つて、国に対し納付の申出をしたとき及び国から還付手続を受けたときをもつて、その効力は消滅したものと解される。けだし、国犯法一四条一項ただし書によれば、没収該当物品につき、通告処分に従つて納付の申出をなしたときは、当該物品を納付したと同一の効果を生じ、この時点で当該物品の所有権は差押権者である国(収税官吏は、いうまでもなく国の一機関である。)に帰属することとなるからであり、また、還付手続はまさに差押の効力を解除する手続であつて、これにより所有権者である原告は、差押対象物の占有を回復することになるからである。

3 しかるところ、無効確認訴訟の原告適格を定めた行訴法三六条の解釈については説が分かれている(なお、最高裁昭和五一年四月二七日判決・民集三〇巻三号三八四頁参照)が、これを原告適格を最も広く認める説、すなわち、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」及び「その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」につき原告適格を認めたものと解する説にたつても、原告が同条の原告適格を有するものでないことは明らかである。

すなわち、まず前者についてであるが、本件差押処分の効力は、前記のように、原告による納付の申出及び原告に対する還付手続の終了によつて消滅したものであつて、納付の申出及び還付手続に続く処分というものを観念する余地はない。これに対し原告は、納付の申出がなされた物品については、公売処分がなされるのであり、これが本件差押処分に続く処分となる旨主張する。原告のいうところの公売処分が何を指しているのか、やや不明確であるが、前記のとおり、国犯法二条によつてなされた本件差押処分につき、国税徴収法九四条以下の公売処分の有無を論ずる余地はなく、また、納付の申出によつて所有権が国に帰属した物品につき、国は、物品管理法二七、二八条の売払等を行なうことができるが、これはあくまで所有権者である国が、その権限に基づいて行なうものであつて、何ら本件差押処分と法的な関連を有するものではない。したがつて、納付の申出がなされた物品につき、仮に物品管理法による売払等がなされることになるとしても、右が、本件差押処分に続く処分となるものではない(行訴法三六条の後続処分に該当しない)ことは明らかである。

また後者についても、本件差押処分の効力が前記のように既に消滅している現時点において、原告が依然として本件差押処分によつて何らかの法律上の不利益を蒙つていることを認める根拠はない。したがつて、原告は後者の要件にも該当しないものである。

二よつて、本件訴えは、行訴法三六条の要件に適合しない不適法なものであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(龍前三郎 大橋寛明 大澤廣)

物件目録〈省略〉

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